2010年2月2日火曜日

ちょいとゆっくり

ここぞとばかりに最近の私から発信☆

吉野川に帰ってくるまでに思っていたこと。
そして「吉野川×色々」を通じて感じたこと。

それがこの本でつながった!!!!


1月末でとりあえず、NPOの「実習生」という名札を外しました。
そして、今は吉野川人としてぼーっとしたり
家から4kmくらいの海岸へ何をするでもなく行ってみたり。
すぐにコピー機を使っていたけど、鉛筆で書き写したり。

病んでいるのではなく(笑)
ちょいとゆっくりと。

で、
その1月末にプレゼントでくれた本がこの本。

「スロー・イズ・ビューティフル」 辻信一 著


なんか、嬉しいくらいに自分自身とつながるものばかりで。
ひょひょーーーい と読んでしまいました(*^_^*)


一人旅をして普段見えず、見てこなかったものを見たり感じたり。
コピー機を使わず鉛筆で手を使って目で読みながら声に出しながら
書き写すことで言葉や文章のありがたさを感じたり。
久々の家族との生活で一緒に大河ドラマをおやつをほおばりながら見て泣いたり笑ったり。


とにかく、こんな些細な身近なことから
色んなものごととつながっちゃいました!!!!


さて…。
次はどうやってこれをつなげていくか。
こんな風にブログにしたり…★

吉野川×色々

10年目の123」 (←クリックしてね♪)
もう大盛況で800人の会場に1000人も吉野川でつながってきた人たちが集まりました!!!
すごいすごい!!!

運よくというかご縁があって、一緒に話し合いの場から参加させてもらってました。

保守的といわれる徳島の人たちが。
本当にすごいんです!!!
吉野川や吉野川に関する山・森・川・海のことに関して
おじさまおばさま・おじいちゃまおばあちゃまの勢いが!!!

最初から途中までは圧倒されてたんだけど、
ある日、その先輩方と同じテーブルでざっくばらんに話す機会がありました。

その時から波打ってたものがピーーンと張ったような感じで
みんなで「10年目の123」を盛り上げていこう!
といううねりが起こりました。

そしてカヌー大作戦をしたり、プラカード大作戦をしたり。 (←クリックしてね♪)

本当に楽しかったです!!

そしてそして、
根拠は色々あるけど
本当にこの場所からも世界を平和にしていけるんだ!!!
と、大きなことだけど 思いました。


吉野川×色々…。

こんなにも泣き虫だったか…というほど泣きました(笑)
笑いました。悩みました。
そして笑いました。


最近の吉野川です↓↓


吉野川♡本当にありがとう♡♡



(朝日を浴びてる吉野川に浮かぶ黒い点は 羽を休めている鳥)
(毎日自転車をこいで渡って高校まで通っていた 吉野川橋)

57回目の…

昨日2月1日は、2月に入って第一月曜日。
徳島県のとなり、香川県の県庁前で
ある活動が行われる日。
私も昨日は友人と二人で徳島から香川県庁まで行きました。

何のこと~~??と言うと…。

小豆島の新内海ダムの見直しを求める署名活動。

毎月 第一月曜日に
小豆島からおじいちゃんおばあちゃんがフェリーに乗って出てきます。
新内海ダムは必要ないんじゃないか…という方たちが。
そして、県庁前でお昼休みを狙って街頭演説と毎回違ったチラシを配って
雨の日も 暑い日も 強風の日も。

そして昨日も雨でした。

私と友人は先に香川入りして高松駅前で署名活動をしました。
初めて署名活動をしたんですが、戸惑う気持ちは不思議とありませんでした。

小豆島の出身じゃないし、香川県民でもない。
島のことは島の人じゃないとわからないことです。
ダムに反対の人、賛成の人。
そして、島の人たちは私の予想以上の葛藤とか色々あるはずです。
ダムの話もできないほど。
そんな中でおじいちゃんおばあちゃんは、昨日
57回目の活動をいつもと変わらずされていました。
57回と一言で言うけど、約6年間も!!!
本当に頭が下がります。
中でもおばあちゃんたちは、何だかキラキラして見えました。


なんだか今の世の中は、知らない世界で何かが決まって知らないうちに何か得体の知らないものが出来てしまってる。
そんな気がします。

昨日、57回目の活動に参加してすごく新鮮でした。
私もこのことを知らなければ香川県庁には行ってないし、小豆島の人たちとも出会いがありませんでした。
ふと思ったのは、つながりがない世の中だって言われて久しいからこそ、
こういった活動でつながりを持たせてくれたのかなぁ~って。

やっぱり知ることって大事なんだなぁ~~。

2010年1月8日金曜日

小豆島を守る


去年、初めて小豆島へ行った。
香川県高松港からフェリーに乗って。

景色は素敵
島の人は暖かい
醤油は一番
佃煮も最高!
そして寒霞渓は絶景。

日本の知らない場所を堪能できた。

でも、このままだとこの思い出も本当に思い出になってしまう。

小さな島 小豆島に
四国の水瓶 早明浦ダムよりも大きなダムが作られようとしている。
島の人たちや沢山の観光客を魅了してきた寒霞渓の目の前に。


自然的な事はどうにもならないけど
人がわざわざコンクリートの塊をでーーーんと作ってしまう。
人がすることは人がどうにでもできる。

私のいる徳島には吉野川が流れている。
そして吉野川に見守られながら沢山の人々が生活している。
時には吉野川を見守って。
その吉野川が流れて海へとつながり
色んな島にぶつかる中で 小豆島に出逢う。

人もつながっているし自然も地球もちろんまる~くつながっている。

私には
日本各地で生活している友達もいれば
海外で生活している友達もいる。
そして今は、徳島という場所で生活している私。
どんなところでもみんなつながっている。
そのつながりで少しずつ平和な世界へと転がしていきたいなぁ。

そのひとつに 小豆島。
自分たちの出来ることから まず1歩。
1歩が100回続けば 100歩になるよ!!!


小豆島を守ってくださいm(_ _)m
HP→http://kankakei.web.fc2.com/
署名できます!→ http://www.shomei.tv/

2010年1月4日月曜日

2010☆

旧年はお世話になりましたm(__)m
今年、2010年もどうぞよろしくお願いいたします♡
今年の抱負は 腹八分目
何事にも余裕を持っていたいなぁ。
そして今年も前に向かって進みます!
一日一生。
今日は明日のためにある。
今日までのことを明日につなげられるように
無駄遣いがないように楽しんで生きよう。
みなさんの幸せを願って…
2010年がもっと素敵で平和でありますように☆

2009年12月26日土曜日

10年前の123


今、私は徳島市で生活している。
徳島市は私が生まれて高校生まで育った場所。
いわゆる故郷。


その徳島市を始め徳島県下を流れている吉野川。

小さい頃は春になると川沿いの土手まで段ボールを持っていき土手滑りをした。
夏になるとウインドサーフィンをしているかっこいい大人たちを見てた。
秋になるとスジ青のりの種付けをしている船が。
冬になると毎日顔が真っ赤になるくらい冷たい風に吹かれた。

今思いつくだけでも四季折々、吉野川を身近に感じて生活してきた。

そして今でも吉野川の四季を改めて感じている。
10年前の123がなかったら、今の吉野川はどうなってるだろう…。



10年前の123→→2000年1月23日  徳島市 第十堰可動堰化計画 住民投票

日本では成功したことのない 住民の住民による住民のための住民投票が 徳島市で起こった。
吉野川を未来の子供たちに残すために。

つい最近まで メディアでは民主党政権による「事業仕分け」が話題だった。
10年前の123は、言い換えれば住民によるそれが行われたんだと思う。
住民たちが 自分たちの生活している世界のことを考えて行動した というとても当たり前でシンプルなこと。

私は今 その10年前の123で奮闘された方たちと 10年目の123 を迎えようとしている。

シンプルに生きるためには ただ自由なだけではいけない。
どうもがいてもぶつかるゴチャゴチャしたシクミ。
いくら政権交代したって、それに乗っかっていくだけでは また政治に翻弄されていることと同じ。
一人ひとりの意識が変わらなきゃ世界は変わらない。
私の中で葛藤がありつつも 未来のために今を生きる。
これもある意味シンプルなことかも。
そう 世界とつながっているから 自分から変わっていかなきゃ。


2009年12月9日水曜日

おば~ちゃん♡

「寒いししんどいし車に乗っていき~!!」(私)
「少~しやけんいいわぁ。気をつけていってきぃよ~。バイバイ」(祖母)

病院に行くおばあちゃん。
車で研修先まで出かける私。
車のバックミラーごしにみるおばあちゃんの姿。

今朝の一こま。

私が歩くと3分くらいのところに病院はある。
でも、おばあちゃんが歩くと、そりゃぁ倍以上。

おばあちゃんと私は同じ亥年。
86歳と26歳。

昔も今もおばあちゃんっ子★
い~~っぱい喧嘩して笑って泣いて食べてしゃべって…。
戦争の話もたくさんしてくれた。

もう一度おばあちゃんから昔話を聴きたいなぁ~
そんな今朝の瞬間だった。